敦煌の歴史 13 初唐時代


中国史上最も華やかな時代と言われる唐代ですが、さすがに建国当初はまだ各地で小さな混乱は起こっていました。李軌がなきあとの河西回廊には唐が涼州総管府を置いて(619)統治を始めますが、まだまだ辺境を完全に統治するまでの余裕がありません。620年に瓜州刺史(しし 州の長官)の賀抜行威(がばつぎょうい)が、また623年にも沙州別駕(べつが 刺史の部下)の竇伏明(とうふくめい)が唐朝に対して反乱を起こすなどの事件が起こっていますのでこのころの河西回廊は唐の統治がまだ徹底されていなかったことがわかります。

また隋代から和親を結んでいたはずの東突厥が、隋末唐初の中原の混乱に乗じて河西地方にもたびたび侵入してくるようになりました。唐は即位したばかりの第二代皇帝太宗李世民が自ら出向いて撤退を請うています(626)。しかし後に「貞観の治」と呼ばれる善政を行った太宗は、国内の諸制度を整えると同時に軍事力の強化に取り組みます。そのころの突厥は連年の大雪によって大量の家畜が凍死してしまったことや、内紛によって国力が衰えていました。その隙を突くように629年に東突厥討伐を行います。

このころ西遊記で有名な玄奘三蔵は、天竺へ求法の旅に出るべく朝廷に出国の申請をします。しかし河西地方のこのような事情もあって許可が下りません。一刻も早く旅立ちたい彼は密出国を決意し、629年秋に密かに長安を出発します。人目を避けながら西へ西へと進みますが、実際には密告があったり役人に見つかり長安へ帰るように圧力も受けています。しかし、当時の河西の仏教界のリーダーである恵威法師や熱心な仏教信者である瓜州刺史の独孤達(どくこたつ)、李昌、王祥といった役人たちまでもが違法を承知で玄奘の手助けをしています。このことからも当時の河西地方でいかに仏教が広く深く浸透していたかがわかります。玄奘の天竺行は決して彼一人の偉業ではなく、多くの人の協力によって成し遂げられたものなのです。敦煌の東、瓜州県には今も玄奘三蔵ゆかりの遺跡が残っています。

翌630年、将軍の李勣(りせき)や李靖の活躍により頡利可汗(けつりかがん イリグカガン)が捕らえられ東突厥は滅び、配下にあった薛延陀(せつえんだ トルコ系遊牧民)やウイグルなども唐に帰順します。唐の支配下に入った遊牧諸部族は太宗に「天可汗(てんかがん テングリカガン)」の称号を贈って帰属を誓いました。

東突厥の崩壊の後、西突厥に属していた伊吾(いご ハミ)が唐の勢力拡大を見て帰順。ここに西伊州を置きます。西突厥の分裂などもありこのころから唐の西域進出は本格化します。640年には将軍候君集らが親西突厥の麹氏高昌国(きくしこうしょうこく トルファン)を滅ぼして西州を設置。唐朝初の安西都護府を交河城に置き、ついで可汗浮図城(かがんふとじょう 現在の新疆ジムサル)を占領して庭州とします。その後も焉耆(えんぎ カラシャール)、亀茲(きじ クチャ)、疏勒(そろく カシュガル)、于闐(うてん ホータン)などのタクラマカン周辺のオアシス国家を征圧します。しかしこのころの河西地方はかつてのシルクロードの要衝としての面影も無いくらいに疲弊してしまいます。西域討伐のために莫大な物資の提供を強要されたり、兵役によって人口も減少しました。朝廷内では西域廃棄論を唱える者まで出ていたようです。そのような河西の大きな犠牲によって次第に西域も安定してきます。安西都護府を亀茲に移して安西大都護府を置き、天山南麓から葱嶺(そうれい パミール)以西を管理。庭州にも北庭都護府(のちに北庭大都護府)を置いて天山北麓から新疆東部を管理するなど、唐の西域での支配力を強化していきます。このとき唐は異民族の住む地域に「羈縻州(きびしゅう)」を置きました。羈縻州とは帰順した異民族の首領に対してもともとの称号と権力を保持することを許可して統治させた特殊な行政区画です。これにより異民族の反乱を抑制することができたのです。

ちょうどこのころ、天竺から仏典を持ち帰った玄奘が帰国を上奏します。かつて西域に国威が及ばなかったために国禁を犯してまで出国しましたが、今では唐の国力も大きくなりました。太宗も密出国の件は不問として玄奘の帰国を許します。敦煌の陽関で官司の出迎えを受けますが(645)、休むまもなく長安を目指します。664年に亡くなるまで生涯を訳経に費やしました。なお太宗が玄奘を許したのは、西域諸国や突厥の実情を見聞してきた彼を軍事顧問として徴用するためだったという説もあります。

このように突厥の弱体化と唐の強大化による西域の安定で、この後シルクロード交易は史上最大の繁栄期へと向かうことになるのですが、これには五胡十六国時代に遡るかつての大混乱が大きな伏線となっているのです。




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