井上靖作品より 02


千仏洞見学はなかなか楽しい。常書鴻氏の案内で石窟に入ったり、石窟から出たり、一窟から一窟へと移って行く気持ちは爽やかで、のびやかである。贅沢なものがいっぱい詰まっている窟から、また別の贅沢なものが詰まっている窟に移ってゆく。楽しい作業である。石窟から歩廊に出ると、陽が当たっており、風が渡り、遠くに見えている三危山の眺望も倦きない。

五時半に参観を打ち切って、千仏洞の下の道を歩く。道に木の影が映っていて美しい。落日近い陽は千仏洞の上にある。間もなく陽はかげるだろう。静かな、贅沢な、いい疲れと歩行である。

夕食後、昼間のメモの整理をし、あとはマオタイを飲みながら、窓外の暗い闇に視線を投げている。妻が、敦煌 に来て、敦煌の土を踏み、千仏洞に行って、石窟に入り、塑像の仏さまと壁画の前に立ったのだから、さぞ満足でしょうと言う。確かに満足であるに違いない。いま、確かに自分は敦煌に居ると、そういう思いを確かめてみる。(1978「私の西域紀行」より)




01 02 03 04 05 06 07 08 09 10